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東京高等裁判所 昭和57年(ラ)258号 決定

抗告人(附帯被抗告人) 田山英明

被抗告人(附帯抗告人) 田山冬子

主文

本件抗告及び附帯抗告をいずれも棄却する。

理由

一  本件抗告及び附帯抗告の趣旨及び理由は、別紙即時抗告申立書及び附帯抗告申立書にそれぞれ記載のとおりである。

二  抗告人(附帯被抗告人、以下相手方という)と被抗告人(附帯抗告人、以下申立人という)との出生から婚姻及び別居に至るまでの経緯並びにその生活、資産状態は、原審判の理由中2項(1)ないし(3)のとおり(但し、一丁裏九行目に「○○○」とあるのを「○○○」と二丁裏二行目から三行目にかけて「約二万円」とあるのを「約二ないし三万円」と、三丁表二行目に「公祖」とあるのを「公祖」と各訂正する。)であるから、これをここに引用するほか、一件記録によれば、次の事実を認めることができる。

1  相手方が相続した財産は約六億六、〇〇〇万円であり、その相続税とその延納により昭和六二年までに支払うべき利子税との合計は約五億円である。

2  相手方は本件婚姻費用の分担審判係属中なされた調停において申立人に対し毎月六万円、六月と一二月に夫々一〇万円を付加して支払うことを提示し、申立人は相手方に対し毎月最低一〇万円以上の支払いを要求し、双方が相手方の分担額を一五万円とする調停案を受入れず、調停は不調となつた。

3  申立人と長男茂之との母子二名分に相当する昭和五五年度の横浜市における標準生活費は月一二万四、三二〇円、同生活保護費は、月一一万一、三一三円である。

三  当裁判所も、相手方は申立人に対し長男茂之の養育料を含む婚姻費用として、昭和五七年一月以前の分として一五〇万円を、同年二月以降別居解消又は離婚に至るまで毎月末日限り一四万円をそれぞれ支払うべきものと認める。そして、その理由は、次のとおり付加するほかは原審判の理由中「よつて案ずるに」以下の説示と同一であるので、これをここに引用する。

1  相手方が相続財産(その処分ないしこれからの賃料収入)の範囲内で、その相続税及び利子税の支払いをまかなえることは、右に認定したところにより自から明らかであつて、本件においては、相手方が右の税金の支払をさしおいても婚姻費用分担義務を尽さなければならないような事態は現実には発生することはないと認められる。

2  申立人と相手方は、婚姻から別居に至るまでの間、就中○○区のマンションに住んでいた当時、専ら相手方が勤務先から得る給与所得によつて家庭生活を営み、相手方の相続財産またはこれを貸与して得た賃料収入は、直接生計の資とはされていなかつたものである。従つて、相手方と別居した申立人としては、従前と同等の生活を保持することが出来れば足りると解するのが相当であるから、その婚姻費用の分担額を決定するに際し考慮すべき収入は、主として相手方の給与所得であるということになる。

3  以上の通りであるから、相手方が相続によりかなりの特有財産(その貸与による賃料収入を含む)を有していることも、また、相手方が右相続により相当多額の公租公課を負担していることも、いずれも、本件において相手方が申立人に対して負担すべき婚姻費用の額を定めるについて特段の影響を及ぼすものではないというべきである。

4  叙上の認定事実と説示を併せ考えれば、相手方の申立人に対する婚姻費用分担額は前判示のとおりと定めるのが相当である。

四  してみると、本件抗告及び附帯抗告は、いずれも理由がないからこれらを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 川上泉 裁判官 小川昭二郎 山﨑健二)

抗告の趣旨

原審判を取消し、本件を横浜家庭裁判所に差戻すとの裁判を求めます。

抗告の理由

一 原審判は、抗告人が支払つている多額の相続税及び利子税の負担が大きく、現在もそのすべてを納められるような状況ではないことを認めながら、なお、婚姻費用分担義務は納税に優先して負担する義務があるとして、前記審判を下したものである。

二 しかしながら、婚姻費用の分担額を決定する際に斟酌さるべき収入は、現実に夫婦の生活費に供しうる額であり、抗告人の収入額の算定にあたつては、当然に前記相続税及び利子税は控除されるか、ないしはその負担の大であることが充分考慮されるべきであるところ、婚姻費用分担義務は納税に優先するものと判断したことは妥当でなく、また相手方の収入がピアノ個人教授として一ヵ月約二万円前後であるとの判断も、異常に少額であるため、不当である。

三 よつて、抗告の趣旨のとおりの裁判を求める次第です。

附帯即時抗告の趣旨

原審判を次のとおり変更する。

抗告人は被抗告人に対し、婚姻費用の分担として、直ちに金四五〇万円を支払い、かつ、昭和五七年四月以降毎月末日限り金三〇万円を支払え。

との裁判を求める。

附帯即時抗告の理由

一 原審は、抗告人の不動産収入につき、地代、家賃等の賃貸料収入と不動産の売却に伴う譲渡収入との、それぞれにつき個別に検討を加えることなく、そのほとんどすべてが抗告人の支払うべき相続税及び所得税等の公祖公課に充当されているとして、被抗告人と子供の生活費の算定を行つている。

しかし、抗告人は相続税本税および利子税の支払いについては、昭和四八年一一月、○○税務署から延納の許可を受けて以来、すべて不動産の売却による譲渡収入によつてその支払いを賄つており、地代、家賃収入をもつて相続税の支払いに当ててはいない。

このことは、例えば「相続税延納税納付内訳」と題する書面(資料1)の記載、あるいは昭和五五年の相続税の支払額が金四五〇〇万円余であることからも明らかである。

1 すなわち、前記書面によれば、抗告人は昭和四九年一一月から翌昭和五〇年五月までの間に、一年度の相続税本税約三九四〇万余を、昭和四九年度分から昭和五二年度分まで四年度分、総額にして一億五六六一万余円を納付しているが、これは、抗告人の相続不動産のうち、平塚市○○○○番地×の宅地約一九八四平方メートル(固定資産税評価額七六、〇二七、七六四円)ほか数筆の不動産を借地人等に順次売却して得た譲渡収入を、順次その支払にあて納付したものである。

また、原審認定の、昭和五五年度に納付した約四五〇〇万円に相当する相続税についても、抗告人が、相続税の支払いにあてるため、分離課税の適用を受ける長期譲渡対象不動産を売却し、その得た約六〇二三万余の譲渡所得から、右譲渡所得に対して課税される分離所得税一四一〇万余を控除した残額、約四五〇〇万余を、相続税の支払いにあてたため、右金額の納付となつたものである。(昭和五五年度確定申告書御参照)

2 かように、抗告人は、総額約六億にのぼつた(現在は一億余りになつている)相続税の支払いを、すべて、相続不動産の数次の売却によつて賄つており(抗告人の相続税の支払いについては、不動産管理、節税対策も含めて、特定の弁護士がその支払いを担当している。)、賃貸料収入については、(イ)賃貸料収入(いわゆる税務上の不動産収入)に対応する所得税、(ロ)抗告人の所有する総不動産にかかる固定資産税、(ハ)抗告人自身の市県民税を控除した残りが、すべて抗告人の処分可能な所得となつている。

実際にも抗告人は被抗告人と共同生活を営んでいる間中、月三、四回以上にわたる知人とのゴルフ、年に数回あるゴルフコンペへの出場、被抗告人以外の女性との飲食や遊興等に多額の費用をさいており、抗告人の勤務先である○○○○から支払われる給料以外でその支払いを為すことができていたのである。

したがつて、抗告人の取得する賃貸料収入(昭和五五年度では約一〇六八万円)につき、右収入も相続税の支払いに当然あてられたものとした原審の判断には誤りがあり、賃貸料収入から前記(イ)(ロ)(ハ)の公祖公課を控除した残額に、抗告人の給与所得を加えたものが、婚姻費用算定の基礎となる抗告人、被抗告人らの世帯収入とされるべきである。因みに、抗告人はいまだ、相続税の残額一億二〇〇〇万円余の支払いにあてるための、売却可能な不動産を十二分に所有しており(資料2、資料3参照)、特に資料3の綾瀬市の土地は、すべて更地で、県立高校予定地も含まれ、すでに周囲の買収もはじまつている土地である。

二 抗告人は、抗告人と被抗告人の住いであつた横浜市○○区○○○町×-×○○○○○○○×××号室を、昭和五七年一月から、東京都渋谷区○○町××番××号株式会社○○○○○○に勤務する森晴男に賃貸し、同人から月額七〇、〇〇〇円の賃料を取得している。

抗告人らの婚姻費用額の算定にあたつては、これも考慮に入れて判断されるべきである。

三 ところで、本婚姻費用分担請求事件は、昭和五五年一二月審判申立がなされ、翌五六年四月調停手続に回付され、同年九月三〇日に調停不成立となり、本年(五七年)二月一五日審判が言渡された。その間昭和五六年二月以降、抗告人は被抗告人及び子供に対する生活費の支払いを全くなさなかつた。

尚、前記調停に先立ち、被抗告人は調停前の仮の処分を申立て、昭和五六年五月抗告人に対し仮に月額一〇万円宛の婚姻費用分担が命ぜられたが、抗告人はこれも全く無視し、調停中も、調停委員会の前で、二〇万程度の送金を数回約束したにもかかわらずその都度反故にし、婚姻費用の支払いについて終始真摯な態度をとらなかつた。かように、抗告人からの即時抗告申立は、被抗告人に対する婚姻費用の支払いを先に延ばす万策以外の何ものでもない。

被抗告人は抗告人と別居後、実家に身を寄せているが、経済生活のすべてを被抗告人の両親に依存せざるを得ない状態であり、婚姻費用分担額についての一日も早い確定を願つている次第である。

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